その日、事務官のビスマスはカール騎士団本部の倉庫にいて、備品の補充について調べ物をしていた。
指に羽ペンをはさんだまま、う~んと伸びをしたときに、異変に気付いた。騒がしい。騎士団にはあるまじき浮かれた騒ぎが聞こえてくる。
「何かあったのか?」
倉庫を一歩出て同僚に尋ねると、目をキラキラさせて同僚は修練場を指した。
「アバン様がおいでになったんですよ!」
それでいきなり騎士団がにぎやかになったわけか、とビスマスは思った。
騎士団本部の敷地の中に、騎士たちが練習するための修練場がある。石畳を敷き詰めた広大なスペースだった。
そこを目指して、特徴のあるカールの髪型の身分の高い男性が随員や護衛を引き連れてやってきた。若い戦士やその見習いは剣の素振りをやめて興味津々と見守った。
アバンは現カール女王フローラの夫だった。その前にそもそも、カール王国と地上世界のために魔王と戦った救国の英雄だった。
「知ってるか?アバン様は若いころ、オレたちと同じカールの騎士団団員だったそうだ」
「知ってる、知ってる。当時の騎士団長ロカ殿といっしょに魔王討伐の旅に出た、って」
若い騎士や騎士見習いの練習生は十代が多く、当時のことを知らなくても無理はない年齢だった。
アバン一行を先導しているのは、騎士団の教官だった。
「静粛に!」
騎士たちはすぐに整列したが、ちらちらと視線を来客のほうへ投げていた。教官は片手でアバンに、何かうながすような仕草をした。
咳払いを一つして、アバンが話し始めた。
「皆さん、おじゃましてすみません。今日から数日、私の弟子たちが見学と修行のために修練場に出入りします。極力練習の邪魔はしないので、どうかお気になさらず」
気さくな口調でにこにこと、アバンはそう言った。
「ああ、紹介しておきましょう」
最初にアバンが手招きしたのは、武闘家らしい女性だった。稽古着を身につけただけの飾らない姿だが、桃色の髪と愛らしい顔立ち、すばらしいスタイルの持ち主だった。
「彼女はマァム、ロカ騎士団長のお嬢さんです」
おおっと騎士団から声があがった。
自分に向けられた熱気にとまどったようすで、マァムはほほを染めた。
「見学を許可していただいて、ありがとうございます。今日はよろしくお願いします」
そう言うと、胸の前で片手の拳をもう片方の手のひらにあて、一礼した。
「美人だ……」
「オレ、ちょっとがんばっちゃおうかな」
じろ、と教官が視線を走らせるまで、浮き浮きしたざわめきはおさまらなかった。
「あとの二人も私の弟子です。ヒュンケルと、ポップ」
ヒュンケルと紹介された男は会釈し、ポップという若者はぺこんとお辞儀をした。
「ヒュンケルは負傷のあとの病み上がりで今日の目的はリハビリです。ポップは、まあ、素人ですね」
別の種類のつぶやきがわきあがった。一種のあなどりが安心感につながったらしい。じろじろと見ている者たちもいた。
「さて、今日の目的はカール流の剣法の見学です。ポップ、ヒュンケルもいっしょに行きましょう。そのあとでポップは杖術の基礎、ヒュンケルは剣術の基本動作確認です。さ、ちゃっちゃっといきますよ!」
●
戦士は両手持ちの大剣の切っ先を石床に突き立て、その柄の上に両手を重ね、ぐっと背を伸ばした。
「正統のカール騎士団流剣術における初撃は、独特の構えを取ります」
教官がその傍らにつき、見学者に説明していた。
「一見、迎撃には不利な体勢ですが、この構えの目的は敵とその攻撃を見極めること。そして泰然とした心構えを持つこと」
その場所は屋内にある練習場で、剣術の上級者たち、いわば騎士団の精鋭が指導を受ける場所だった。マァムは最前列で見学していた。
教官が手で合図をした。相手役をつとめる剣士が前に出て、剣をかざして攻撃モーションを取った。
大剣の戦士は、動かない。相手役はじりじりと近づき、間合いに入ると一気に加速して撃ちかかった。
その勢いに、戦士は機敏に反応した。大剣は攻撃を弾き、返す刀で相手の胴へ迫り、そこでぴたりと止まった。
「そこまで」
教官が言うのと、ギャラリーから嘆声や拍手があがるのが同時だった。
「ごくろう、二人とも」
教官が模範試合を見せた二人をねぎらった。
「これが我がカール騎士団正統の初撃、豪破一刀。マァム嬢、あなたの父上、ロカ団長の得意技でした」
マァムは少しほほを紅潮させ、はい、とつぶやいた。
「わかりますか、マァム、必要なものが?」
とアバンが尋ねた。
「目とスピード」
と言下にマァムは答えた。
「敵の攻撃を見きわめ、対処法を探り当てたなら、あとは迎撃です、先生。そのすべてのプロセスにおいて、速さが必要です」
アバンは眼鏡の奥の目を細めて笑った。
「ご名答。武闘家であるあなたは、そもそも素早さの点でとても有利なのですよ。さて」
と言いかけたアバンに、マァムは、あの、とつぶやいてもじもじしていた。アバンはにっと笑った。
「さあさあ、言ってごらんなさい。教官をつとめる彼は、実は騎士団時代の私とロカの同期でしてね。話の分かるやさしい小父様ですよ」
教官は赤面し、こほんとせきばらいをした。マァムは教官に問いかけた。
「もう一度見たいのですが、私がここにいてもかまいませんか?」
「もちろん、歓迎いたします」
マァムは師をふりあおいだ。
「先生、私、『豪破一刀』にはこの先があるような気がします」
教官が不思議そうな顔になった。
「この先ですか?それはもう、伝説の領域ですね」
マァムはつぶやいた。
「剣をあえて構えない状態であることに意味があるのではないか、と」
ふふ、とアバンは微笑んだ。
「どう思います、ヒュンケル?」
それまでじっと見ていたヒュンケルは言葉少なく答えた。
「闘気」
「そのとおり。マァム、あなたは闘気に反応しているのでしょう。思う存分見学して、自分の技に工夫を凝らしてください。私は外に居ます。ヒュンケルたちの練習につきあっていますよ」
そう言うとアバンは弟子たちとともに屋内練習場をあとにした。
●
位を示す装飾品やマントを従僕に預け、アバンは木刀を手に石畳に立った。
「こちらの一画をお借りします」
とアバンは教官に告げた。
「ご存分に」
「あ、すいません、うちのポップにどなたか練習用の杖を見繕っていただけませんか?」
教官はビスマスを手招きした。
「ビスマス、君なら詳しいだろう。頼む」
「私でよろしければ」
そう言うと、アバンはにこやかな笑顔を向けた。
「じゃ、お願いしますね。ヒュンケル、始めましょう。こちらへ来てください」
ヒュンケルも防具を身につけず布の服だけで木刀を取った。
「やり方はおぼえていますね?基本動作からいきましょう」
向かい合うのではなく、二人は並んで立っている。どうやら組稽古ではなく、師の動作を弟子がなぞっていくらしい、とビスマスは思った。
「構え」
アバンのコールで二人とも木刀を握り、軽く、上げた。
「正面上段、前へ、打ち下ろす、重心移動、右旋回、流す、右足下がる、左下へ」
アバンが指示をコールするたびに二人はその通り動いていく。動作はていねいでゆるやかで、ほとんどすり足で移動していたが、それはカール騎士団の剣の流儀にもある前方正面上段から攻撃されたときに対処する基本動作だった。
思わずビスマスは見とれた。
「なんだよ、心配させやがって」
と隣でポップがつぶやいた。
「ヒュンケルのやつ、ちゃんと動けんじゃねえか」
ビスマスは尋ねた。
「あの方、ヒュンケル殿も、アバン様のお弟子なのですか?」
「先生の一番弟子です。やっぱ戦士だな、あいつは」
確かに、と心の中でビスマスはつぶやいた。
ゆるぎない体幹、たくましい腕、厚みのある胸。剣をふるうための体は出来上がっている。そして木刀とはいえひとたび剣を手にしたとき、その体はなめらかに、自在に動いた。
「右を前に、半身ひらく、下がる、下段から斜め上へ、払う、残心、静止、再度の構え」
そしてアバンもまた剣士なのだとビスマスは実感していた。気さくでおちゃらけた態度はなりをひそめ、次々と型を展開していく。地上の勇者、かつてのカール騎士団の天才児にふさわしく、その動きは流麗だった。
「少しペースを早めます。構え、上段、前へ」
気が付くと、教官も剣士も息を呑んで二人を見守っていた。ふた振りの木刀は完全にシンクロして動いている。それはほとんど剣舞のようだった。動作のどの瞬間を切り取っても絵のように美しい。
「ペースアップ。いちいちコールしませんからね。前方対処、続いて左後方」
速度があがると、すり足は歯切れよいステップに変わった。石畳をかかとで蹴り、つま先で踏みしめ、それに伴って上半身の動きも鋭いメリハリがつく。
「ペース最速、ノーコール、敵右前方から、かわして正面対処」
架空の敵の攻撃を受け、身をかわして迎撃する。木刀から片手を放して長く伸ばし、大きく振るう姿は型通りなのにすばらしい緊迫感があった。
「そこまで!」
とアバンが宣言したとき、二人とも呼吸が弾んでいた。
ビスマスはじめギャラリーも、詰めていた息をようやく吐いた。
「さすが、アバンさまだな」
「お弟子のほうもな」
「リハビリとは」
まわりからそんなつぶやきが聞こえた。
●
ビスマスは、我に返った。
「失礼、ポップ殿、どうぞこちらへ。倉庫へご案内します」
「あ、ども。よろしくお願いします」
ポップは珍しそうにまわりを眺めながらついてきた。
武器、防具を収納している倉庫にポップと案内すると、ビスマスは説明を始めた。
「杖術に使用する杖はこちらです。大人の身長の半分ほどの、刃の無い木製の棒です。それよりも短いものは棒、棍、と呼ばれます。実戦でお使いになる武器に近いサイズのものを選んでください」
「あのう、おれ、呪文使いなもんで、武術はまじビギナーで……」
アバンによるとまったくの素人、ということだった。ビスマスは考えながら説明した。
「実際に戦う時には、長い方がリーチで有利です。その分取り回しが難しいのですが、アバン様が教えて下さるのなら杖のほうがよろしいでしょう」
う~とポップはうなっていたが、ついに杖を手にした。
「じゃ、これで。担当さん、詳しいんですね」
「ビスマスと申します。五年前までは騎士団の一員でした」
「でした、って」
ビスマスは苦笑した。
「最初のカール壊滅の時に足を少々負傷しまして」
「あ、すいません、へんなこと聞いて」
ポップはしょぼんとしていた。気のいい青年なのだろうとビスマスは思った。
「いえいえ」
妙な空気を払いたくて、ビスマスはポップの選んだ杖と同じ長さの杖を手に取った。
「杖の特徴はわかりますか?」
「ぜんっぜん」
「ざっくり言えば、槍には必ずある穂先などが杖にはありません。つまり、杖には上下がなく、どちらの先端でも攻撃できます」
「なるほど」
「そして杖の本体はシンプル過ぎて、ひっかかりがいっさいありません。ということは手の中にこう握って」
手のひらで杖の中ほどを握りこむように持つと、ビスマスは杖の反対の端を押し出した。
「こう滑らせると、まるで手の中から棒が飛び出したように見えるのです」
へぇっと声を上げてポップは眺めていた。
「この動作を急速にやると、敵の注意をあざむくことができます」
ポップはビスマスの顔を見上げた。
「どっから攻撃されるかわからないわけか。おもしれぇ」
ビスマスはちょっと笑った。
「さて、アバン様をお待たせしていますね。出ましょうか」
倉庫を出たとたん、ポップは練習用の杖をもってアバンの所へ寄っていった。
「先生、先生、これさ、おもしろそうなんだけど!」
アバンは、はいはい、と応じて笑っていた。
「ではまず、持ち方からやってみましょうね」
そのようすを見届けて、ビスマスは備品補充の仕事にもどることにした。倉庫の中でひと仕事終えたあと、アバンと弟子たちはどうなったろうか、と気になった。
「……一人だけぶざまなのがいたよな」
倉庫を出ると、若い練習生たちがそう話しているのが聞こえた。
「他の二人はさすがって感じだったんだけどなあ」
「剣じゃなくてただの棒、しかもへっぴり腰だもんな」
おそらくポップのことだろう。嫌なことを言う、とビスマスは思った。
●
翌日ビスマスが騎士団に出勤すると、ヒュンケルたちはすでに到着していた。次の日も、その次の日も、彼らは修練場へやってきた。最初はポップが杖の持ち替えをしくじって、よく取り落としていた。石畳に杖の転がる音がカランカランとにぎやかだった。
が、しだいにその音が少なくなり、遠目で見てもさまになるようになった。公務の合間を縫ってアバンが顔を出す。型を修整したりアドバイスを授けたりしているようだった。
「強く握りすぎなんですよ。手のひらに杖をすべらせたいなら、人差し指と親指の間で把握するくらいで十分。ただし、攻撃の瞬間は体重を乗せやすいように強く」
「こうかな」
右手で杖を握り左手の甲をあてがう、とみせてポップは右手を離し、同時に左手の甲で杖を一回転させた。
「いいですね。敵から見てどこから攻撃されるかわからないということは、こちらは常に一拍の先手を取れるという事です。その動きのまま、背に杖を背負う型をやってみましょう。杖全体が敵の目から隠れるのですから、敵にしてみれば迎撃が難しい。使いようによってはおもしろいことになりますよ」
「あっつぅ!」
アバンの話を聞きながら片手で杖を背後に回したポップは、杖を受け止め損ねて自分の背中を殴ってしまっていた。それを見て修練場のあちこちから、くすくすと笑い声があがった。
「最初はゆっくりやりましょう。何も気にすることはありません」
「大丈夫です、先生」
とポップは答えた。
「おれ、武器のスキル下手なのはもともとだし、ダイやヒュンケルと同じレベルで戦えるようになるなんて思ってないから」
そして、ぐっとこぶしを握った。
「でも、おれには目的があるからね。まだまだがんばれるぜ!」
「あなたは成長したんですねぇ」
アバンはしみじみとそう言った。
「けれど無理はいけません。ポップ、あなた昨夜徹夜したでしょう」
う、とポップは詰まった。
「あ~、魔法の方で試してみたいことがあって、その~」
ノンノン、とアバンは指を振った。
「睡眠不足は修行の敵です。少し休みましょう。私はヒュンケルのほうを見てきます。十分休んだら、先ほどの基本形をそれぞれ三十回ほど繰り返してください」
そう言ってアバンは行ってしまった。
ポップは親指と人差し指で左右の目頭を強くおさえて、のそのそと修練場のかたわらに植えてある木の下まで動き、そこで座り込んだ。
「ダイ、おまえ、どこにいるんだよ」
そうつぶやいて、梢を見上げた。
「おい、あんた」
ポップが振り向いた。いつのまにか、カール騎士団の若い練習生たちが数名集まっていた。
遠くから見ていたビスマスは眉をひそめた。それは先日、ぶざま、と言っていた者たちだった。
「おれ?なんか用かい?」
ビスマスは木の下まで、不自由な足に可能な限りの早足で近づいた。
「ほら」
そう言って練習生のひとりが、陶器のカップを差し出した。
「井戸水だ。冷えてる」
キョトンとした顔でポップは練習生たちと水を見比べた。
「くれんの?ありがとよ」
そう言って受け取ると、ためらいなく飲み干した。
「あんた、ポップ、だっけ。そのう、がんばれよ?」
「え、ああ」
「なんか、あんた一人、レベルが落ちるもんな」
ポップはうれしくなさそうな顔になった。
「おまえら、けっこうはっきり言うな!」
「だって、見てわかるし。おれらも経験あるけど、出来のいい兄弟子とか先輩とかいると、辛いもんだ」
あ~、と言ったまま、ポップは二の句を継げないようだった。
「それで師匠に怒られるならとにかく、やさしくされたりするとよけいきつかったりするんだよな」
練習生たちはおたがいにうなずきあった。
「でもまあ、やけになんなよ?」
「じゃあな、がんばれ」
座り込んだままのポップの手からカップを取って、練習生たちは戻っていった。
聞いていたビスマスは、胸をなでおろした。ついでにちょっとだけ、罪悪感も抱いた。
●
カール騎士団は、石畳を敷いた屋外練習場に整列していた。正門の方で物音がした。騎士団長の号令で、全員姿勢を正した。
前日、カールの女王が激励のために騎士団を訪れるという知らせがあり、正規の騎士たち、教官、練習生、事務官僚にいたるまで、どきどき、かつわくわくした気持ちで待っていた。
美しいフローラは、アバンのエスコートで騎士団に現れた。王国危急の際には自ら甲冑を装備して最前線に立つ女王だが今日は上品なドレス姿で、白手袋をつけた片手を略礼装の夫の腕にからめ、しずしずと石畳を踏んで進んできた。
騎士団長や主だった騎士たちと言葉を交わしてから、女王は騎士団に向かいあった。
「国民が安心して日々を過ごせるのは、あなた方一人一人の尽力のおかげです……」
やさしく励まし、士気を高める内容だった。
訓辞の最後に、フローラはアバンの使徒たちに微笑みかけた。
「我が国の騎士団修練場にアバンの使徒たちを迎えたことをうれしく思います。五年前の闘いの時、あなた方は我が国の戦友でした」
事務官として式典に連なっていたビスマスは、つい、練習生たちのようすをうかがってしまった。
ほとんどの者がポップたちを二度見している。逆に教官を含めあるていど年長の者たち、五年前すでに一人前でフローラに従って処刑場防衛戦に参加し、アバンの使徒の顔を見おぼえている者たちはにやにやしていた。
「そして今、勇者捜索のために魔界へ分け入ろうとしている。それは地上からはうかがい知れない世界でしょう。ですがあなた方は一度大魔王打倒という奇跡をなしとげた身、ならば勇者発見もけして夢ではないと思います」
笑顔でアバンがうなずいた。ひとつ咳払いをして、ポップが答えた。
「はげましのお言葉、ありがとうございます、女王様」
ヒュンケルが軽く会釈をした。
「カールに栄光を」
マァムは武闘家らしく一礼した。
「フローラさまに精霊の祝福を」
にこ、とフローラは笑みを浮かべた。
●
アバンフローラ夫妻は、帰る前に騎士団長と何か話していた。心を決めてビスマスはヒュンケルに話しかけた。
「失礼します」
ヒュンケルがこちらを見たが、やはり覚えていないようだった。
「騎士団長ホルキンスの弟、と言えば思い出していただけますか」
ヒュンケルの表情が変わった。
「あのときの」
あのとき、と彼が言うのは、五年前、当時の魔王軍によってカールが壊滅させられた大惨事のことだった。王城も王都も廃墟と化し、あたりは死屍累々のありさまだった。
「はい。あのときは兄を失ったばかりでろくにお礼も言えず、すみませんでした」
いや、とヒュンケルはつぶやいた。
「兄を葬ることができたのは、あなたのおかげです。ありがとうございました」
「あなたは」
「あの時の負傷が原因で、戦士としてはもう……今は騎士団本部で兵站を担当する事務官です」
「そうか」
よけいな慰めを言わない男だった。
「今日で修練も終わるとうかがいました。お礼を言えてよかったです。アバン様のお弟子だったとは、初めて知りましたが」
「不祥の弟子だ」
静かな口調でヒュンケルはつぶやいた。
「魔界へ行かれるのですか?」
ヒュンケルは己の手を見下ろした。
「オレたちのチカラがどこまで通用するかわからないが、行ってみるしかない」
「ご武運を。そして、無事にお帰り下さい」
かすかにうなずいたのは、ヒュンケルなりの謝意のようだった。
「必ず」
と彼は答えた。
了(2024年5月26日 ダイ大二次「捏造魔界編」第三話と四話の間に入るはずでしたが、長すぎるのでカットしたシーン+書き足しです。)