ダイの大冒険二次・捏造魔界編 第四十話 最強のタッグ

 マジックフライト船団の船には、もともと長くて丈夫な板が用意されていた。今、四隻の船は空中でだいたい同じ速さで進みながら、お互いに板を渡しあっていた。
「ゆっくり進め。焦ると板から落ちるぞ」
 マジックフライト一号から魔界の避難民が姉妹艦へ次々と移っていく。
 あのぬすっとうさぎたちも一か所にかたまって板渡りを待っていた。ほとんどが背中に大荷物を背負っている。そうでない者たちは協力してあの鐘を抱えていた。
「お前ら、その鐘」
とポップは言いかけた。話しかけられたぬすっとうさぎは、おそらく反射的に鐘の縁をぎゅっとつかんだ。
「ポップ、どうしたの?」
とダイが聞いた。
「首無しが言ってただろ?鐘は、切り札なんだ。あいつは鐘の音を無視できないから」
「でも、うさぎたちから鐘を取り上げるわけにいかないよ」
 ポップは少しためらってから、うなずいた。
「まあ、そうだよな。悪かったよ、行きな」
 ぬすっとうさぎたちは大事な鐘を抱えて二号へ乗り換えていった。
 一号の船長がやってきた。
「ダイ殿、これでよろしいのですか?」
 うん、とダイは答えた。
「二号から四号は、みんなを乗せて先にゲートキーパーのところへ急いでください」
 現在、船団はどれもトビウオ横帆を張って滑空している。すでにゲートキーパーのいるところが目視できるので、乗員の移乗のあと二号から四号は全速でそちらへ向かう手はずになっていた。
「一号は、申し訳ないけど、おれたちがあいつと戦うあいだ、手伝ってほしいです」
「もとより。我ら海の魔族、最後までダイ殿とお仲間におつきあいしましょう」
 ダイは笑顔になった。
「ありがとう、船長」
 ダイ、とポップが呼んだ。
「気付いてるか?雨が、やんだぞ」
 ダイは手のひらを前に突きだして闇の空を見上げた。
「ほんとだ」
「あの黒い雨は姫の能力じゃなくて、メドーサボールの力だったらしいな。この船の高度なら黒い海からだいぶ距離があるし、うまくいけばトベルーラ使えるんじゃねえか?」
 ポップの靴の底が船の甲板をふわりと離れた。
「ようし魔法力の減衰がそれほどない。ってことはトベルーラいける。これでもう、こっちのもんだぜ!」
「嬉しそうだね?」
「まあな。おまえもそうだろ?」
「おれ?」
 ポップは肩をすくめた。
「『魔界からの避難民たちが先に行ったから心配事がひとつ減った、これで体を張って思う存分戦える』。ちがうかよ」
「あ~、違わないや」
 ははっとポップは笑い、そして真顔になった。
「あのさ、もしおれのほうが蛇姫に取られたら、おまえ、おれを殺せるか?」
 う、とダイは言葉に詰まった。
「だめだと思ったら逃げろ。おれを魔界に残して地上へ戻れ。おれの体から魔法力が尽きたら、自動的に地面に落ちる。それだけで勝てるはずだ」
そう言うポップの声は無感動で平板で、ダイが思わず顔を見たほど奇妙だった。
「なんてな!ヒュンケル式討伐方法はわかってるな?油断しないでいこうぜ!」
 ぱっと笑うその顔は、いつものポップだった。
「さて、蛇姫、そろそろ来るぞ」
だよね、とダイはつぶやいた。
「おれさ、さっきの罠のとき、ちょっとかわいそうだと思っちゃった。女の子にひどいことしてるんじゃないかって」
 ポップはうつむいた。
「あ~、うん」
「ちがうって。ポップを責めてるわけじゃないよ。あいつを憐れむなんてまちがいだった。今度は同情なんてしない。全力で倒すよ。全力出さないと倒せないから」
 ポップは真顔でうなずいた。
「あいつは執着のかたまりだもんな。やるかやられるか、だ」
 ダイは聞いてみた。
「ポップ、何か考えてる?」
「まあな。とは言ってもシンプルなもんだ。あいつは打撃に反射してくるけど、呪文は返してこない。なら、魔法攻撃一択だ」
 逆にポップが尋ねた。
「おまえ、今の状態でドルオーラを使えるか?」
「一回ぐらいは。でもドルオーラで倒しきれるかな。それに蛇姫は慎重だから、ドルオーラで狙われてたら寄ってこないよ」
「いいから、ドルオーラで蛇姫に狙いをつけてくれ。そうしたら……」
 ポップはつづけて戦略を話してくれた。くす、と笑いながらダイは言った。
「そんな目にあったヤツ、地上にも魔界にもいないよね。うん、それでいけるかも」
「まあ、やってみようや」
「じゃ、先に出るよ」
 背に白い竜翼を生じさせ、大きく羽ばたいてダイは飛び出した。
 魔界の夜空には月も星もない。船がなければ、どちらが空でどちらが大地かわからないほどの巨大な暗がりだった。
 前方から大きな闘気のかたまりがせまってきた。ヒュンケルほど広範囲に、しかも詳細に知ることはできないが、姫が蛇と合体したモンスターだということはわかった。
「ダイ」
 すぐそばにトベルーラでポップが来ていた。
「打ち合わせた通りに」
「わかった!」
 ダイとポップはさっと空中で別れ、待ち構えた。
 ダイは深く息を吸った。
「竜闘気(ドラゴニックオーラ)……」
 竜の紋章と同じ青みがかった光が全身にめぐるのがわかった。気を抜くと、凶暴な感情に意識を乗っ取られそうになる。
 蛇姫がこちらを見ていた。警戒してようすをうかがっているようだった。蛇姫から目をそらさずに両手を頭上に高く掲げ、手のひらを合わせ、ゆっくり正面へおろし、あからさまに蛇姫に狙いをつけた。
「今度は警告なんか、しない」
ダイは言った。
「おれはいつでも撃てる」
 蛇姫はぎくりとしたように見えた。
 妄執と憎悪に我を忘れているように見えても、蛇姫は臆病なほど慎重だった。そこはあのメドーサボールと変わらないんだな、とダイは思った。そしてたぶん、狡猾で執念深い。
 こちらのようすをうかがい、蛇姫は空中をスライドしながら移動していた。上半身は女、下半身は蛇、全身が鱗におおわれているが、焼けただれが目立つ。暗い虚空に蛇身を泳がせて、蛇姫は赤い目でじっとにらんでいた。
「おいおい、おれも忘れんな?」
 姫の死角からポップがにぎやかに叫んだ。
 蛇姫は憎々し気に振り向いた。
 ポップは両手を左右に伸ばした。見せつけるように右手を上向けた。水浅黄の燐光を放ってヒャド系呪文の冷気がたちのぼった。
 続いて左手首を返した。山吹色のゆらめきを伴うメラ系呪文の炎が生成された。
 前へ突き出した左手の上の冷気に右手の炎を重ねる。その瞬間、氷と炎の魔法力がスパークして大きく燃え上がった。
 華やかに火花を散らす魔法弾を保持したまま右腕を深く引いて、ポップは蛇姫に狙いをつけた。
 大魔道士マトリフ直伝の極大消滅呪文、メドローア。
「あんた、あの世で自慢していいぜ。ドルオーラとメドローアに同時に狙われたやつなんて地上にも魔界にもいやしねえ。あんただけだ」
 うろたえたようすで蛇姫はダイとポップを見比べた。
「先に行った船団を追いかけたいんだろ?」
 むしろ気さくにポップは話しかけた。
「残念だったな!ここは通さねえ。おれたちが魔界からおさらばするのを、指くわえてながめてろよ」
 じりっと姫が動いた。
「おれはあいつにとって、鎖の中の弱い輪っかだ」
 打ち合わせの時に、ポップはそう言った。
「ドルオーラは一度体験して怖さを思い知ってるから、あいつはお前のほうにはたぶん、行かない。必ずおれに向かってくる」
 蛇姫の背後で長い蛇身がのたうった。次の瞬間、姫がポップめがけてまっしぐらに襲い掛かった。
 細い指が猛禽のかぎ爪に見える。赤い涙を流しながら、蛇姫は両手でつかみかかろうとした。
「もらった!」
 極大消滅呪文は、すべてを消しさる。ポップはゆっくり相手を引き付け、文字通り満を持してメドローアを放った。
 いきなり姫が消え失せた。
「なにっ?!」
 ポップがあわてていた。
「どうしたの」
 ポップは宙に浮いたままあたりをせわしなく見回した。
「メドローアは、あいつに当たってない。それなのに、消えた!」
 その瞬間、殺気に襲われた。ダイはのけぞるように見上げた。真上から憎悪の化身が長く片手を伸ばしてつかもうとしてきた。
「うおっ」
 ダイとポップは最後の瞬間に左右に別れた。
 姫は再び、間合いを取った。
「くそっ、空中移動じゃ、トベルーラよりあいつのほうが早いのか」
 ダイは目を凝らした。
「ポップ、メドローアは完全に外れたわけじゃなかったみたいだ。見て」
 蛇姫の長い髪の一部がばっさりと断ち切られ、右肩と上腕から鱗が消し飛んでいた。
「かすったか!」
 ふう、とポップはつぶやいた。その目に光が宿るのをダイは見ていた。
「ようし、もう一発喰らわせてやる」
 再度ポップの両手から別々の呪文が発動した。
「じゃ、おれも!」
 ドルオーラでけん制して動き回れば、ポップが狙いやすくなるはず。ダイは、最初の時と同じように距離を開けようとした。
 蛇姫は、どうやらメドローアの威力も思い知ったらしかった。蛇身でらせんを描くように泳ぎ回っていたかと思うと、いきなり飛び出した。クランクの連続でジグザグに進んでいる。単に呪文攻撃から狙われにくくしているのか、他に目的があるのか、ダイはいぶかった。
 いきなりポップが叫んだ。
「ダイ、こいつの狙いは船だっ」
 マジックフライト一号、ダイ、ポップの三者がつくる三角形の、その底辺中央から頂点までの垂線、蛇姫は見えないその線をまっすぐたどっている。
「まずい!」
 身をのけぞらせ、蛇姫は大きく口を開いた。
 シャアァァァッと、声にならない音が響いた。輝くような朱色の炎が船めがけてほとばしった。
「あれは、魔炎気!」
 ダイは飛び出した。
 光の弾丸がダイを追い抜いて魔界の炎を襲った。
 魔炎気そのものが消滅した。
 ダイは振り向いた。
 遠くにポップがいた。左右の腕を前後に伸ばし、手のひらを開いている。メドローアを放った直後の姿勢だった。
 ふら、とポップが揺らいだ。そのまま目を閉じ、まっすぐに落下していった。

 ダイと自分の二人きりで最後の闘いを乗り切ること。なおかつ、自分の身を守ること。
 薄れていく意識の中で、ポップはそう考えていた。
 それから、ダイが我が身を犠牲にしなくていいようにすること、もしだめそうなら、せめて自分、ポップもいっしょに……。
――へっ、この期に及んで魔力切れか。
 ポップは飛翔呪文のための魔法力まで二発目のメドローアに使ってしまった。
(きゃああああっ)
 遠くから女の悲鳴が聞こえた。
(ポップさん、しっかり!)
 ぎょっとしてポップは眼を見開いた。
「メルル!」
 そう思った次の瞬間、真横から体をさらわれた。
「大丈夫?」
 白翼のドラゴノイド、ダイが自分を抱えて飛んでいた。ポップは口もきけなかった。
「一度船に戻るからね」
「あ、ああ」
 今頃になって指が震えていた。その手でなんとかダイの服をつかんで、ようやくポップは安堵の息を吐いた。ダイの肩越しにマジックフライト一号が見えた。
「あいつ、蛇姫、どうなった?」
「わからない。おれ、ポップを追いかけてきちゃった」
 先ほどの声が聞こえた。
(あのひとは、すぐそばにいます)
「やっぱりメルルか!」
 五年ぶりの交信だったが、メルルの心の声は変わらず誠実で情にあふれている。
(お二人とも無事でよかった)
 ダイがマジックフライト一号へ舞い降りた。ポップはふらつきながらも、自分の足で甲板を踏みしめた。手すりの一部が焦げているほかは、被害はないようだった。
「あいつ、なんで船を襲ってこないんだ?」
 ダイはじっと虚空を眺めていた。
「さっき蛇姫が吐いたのは、魔炎気だった。自分の命を削って炎にしたんだろう。つまり、へとへとになってるんだ」
「今は回復中か」
 くそっとポップはつぶやいた。
「まったくなんて執着だ!ヴェルザーの野郎は好きじゃないが、なんでそこまでして、ってのは同感だな」
 うん、とダイはうなずいた。
「命を削ってまでおれたちを逃がさないっていうのなら、相手をしよう」
 ダイの声にひそむ何かのために、ポップの背筋はぞくりとした。
「ダイ?」
 ダイの目は、暗黒の空を凝視したままだった。
「剣をつかうよ。おれ、そのほうが得意だから」
 額の紋章が輝きを増した。竜魔人、とポップは直感した。
「ちょっ、冷静になれよ」
「なれない。あいつのせいで、ポップが死にかけたんだ」
 あごをひき、ダイは闇のかなたの敵を見据えた。
「許さないよ」
 ポップの脳裏に、再びメルルの声が届いた。
(ポップさん、マトリフお師匠が、もう一度ブーストをするか尋ねてほしいとおっしゃっています)

 魔法陣の中心に、長々とマトリフがのびていた。傍らに、頭から脱げた巨大な帽子がころがっていた。
 痩せた腕でマトリフは帽子を探ってつかみよせた。
「こらこら。まだ無理しちゃダメだよ」
 かたわらで飄々とブロキーナがさとした。が、マトリフはなんとか上体を起こした。
「嬢ちゃん、やつはなんて?」
 視線の先にいるのは、メルルだった。
 あのう、とつぶやき、もじもじしながらメルルは告げた。
「『年よりはおとなしくしててくれや、暴れるとまた腰がいかれちまうぞ』、だそうです」
 一瞬でマトリフが沸騰した。
「オレの腰なんざどうでもいい!年寄り扱いすんな!」
「でも、年寄りじゃろ?あと、そのお嬢ちゃんに怒鳴るのはやめなさいよ」
「わ、私は大丈夫です」
「『王女の愛』!どこいった?あのひよっこに言ってやらにゃ!」
「これこれ」
 魔法陣に近いかがり火を受けて、地面に人影が差した。
「なんの騒ぎです?」
 マトリフが顔を上げ、ほっとした顔になった。
「遅かったな!」
「会議というのは、長引くものなんですよ。でも、おかげでこれを持ってこれました」
 マトリフはにやりとした。
「よく手に入ったな!実物を拝むのは初めてだ。全部カタがついたら、いっぺんよく見せてくれ」
 返事を待たずにマトリフは、メルルに話しかけた。
「メルル、あいつに連絡してくれ。いよいよ大詰めだ、ってな」