ダイの大冒険二次・捏造魔界編 第二十一話 真魔剛竜剣

 その女性は、光の中に立っていた。
 うら若い綺麗なひとで、大きな目でこちらを見ていた。
 夢の中でその唇が自分のもうひとつの名を呼び、微笑みかけてくれたことをダイは思い出した。
「か…、母さんっ…!」
 大気は澄んで冷たかった。日没から深夜にかけて続いた大魔王との決闘の結果、天魔の塔の玉座の間は瓦礫を乗せ、鬼眼王を乗せ、ダイを乗せ、上空へ向かって静かに浮上を続けていた。
 眼下、丸く見える地平線の中央に純白の煌めきが現れた。暁の光はオリハルコンの刀身に反射して鮮やかに輝いていた。
「真魔……剛竜剣…!!」
 竜の頭部をかたどった握りの先にやや湾曲した片刃厚手の刀身が続いている。曙光は刃だけではなく、剣全体を美しい光沢でつつんでいた。
「そうだ。竜の騎士の正統たる武器!!」
天空の戦場に幻が現れた。目の前の床に突き刺さった真魔剛竜剣のもともとの持ち主、竜の騎士バランだった。
「今こそおまえがこの剣を手にする時が来たのだ!!」
 幻のバランは無残に焼けただれた最期の姿ではなく、在りし日の姿、堂々たる騎士のいでたちだった。
 見下ろす大地のふちはいよいよ明るくなっていく。ダイは曙光を眺め、振り返って剣を見た。
――太陽の光…だったのか。なぜか…一瞬母さんに見えた……
 バランは目を閉じ、思い出を語った。
「…お前の母は…ソアラは…太陽のような女性だった。誰をも暖かく包みこむ力があった。ダイ…今こそおまえも太陽になるのだ!仲間たちを、地上を輝き照らす太陽に…!!」
 真魔剛竜剣が地上から飛来してバランが語り終えるまで、わずか一瞬だった。
 ダイはつぶやいた。
「太陽に……!!!」
その意味するところは、はっきりとわかった。母のまなざし、父の導き、竜魔人の力、自分の覚悟、すべてそろって初めて発動する、ということが。
 地響きがした。雄叫びを上げて鬼眼王がばく進してきた。
「来たぞ、ダイ!!!剣を取れっ!!」
 ダイは身構えた。
「チャンスは一刀!!!いかに真魔剛竜剣とはいえ、今のおまえの全力とバーンの肉体との激突には何度も耐えられまい!!」
 鬼眼王の巨体が迫る。額に宿ったバーン本人の表情まで視認できる距離だった。
 不思議なほどダイの心は静かだった。さきほどまでの、鬼眼王の爪に脇腹をえぐられ、打ちのめされていた時の焦りや絶望から、遠いところにいた。
 一度だけのチャンス、どこを攻撃するべきか。ダイの視線がさまよい、ついに一点に到達した。
 鬼眼王のコア、腹部中央の巨大な眼。
「この一撃におまえのすべて…!私の魂をもこめて奴の鬼眼を叩き斬れッ!!!」
 ターゲットの選択が一致した。
「いいかッ、すべてを込めるのだぞ!!!」
 ダイはうなずいた。
「行けッ!!!ダイ!!!!」
 その号令を合図に床を蹴り、ダイは走り出した。鬼眼王をほとんど無視して、まっしぐらに真魔剛竜剣をめがけて。
――………さよなら…!…さよなら…みんな…!!…この一撃でおれは太陽になる……!太陽になってみんなを天空から照らすよ…!!!
 頭では冷静に戦略を構築しているのに、心には仲間たちの顔がひとりひとり浮かんでいる。
――さよなら…!みんなっ!!
 泣くな、感傷に溺れるな。今は、戦いの時。
 走りながら腕を伸ばした。真魔剛竜剣の柄、竜の長い首に指をかけ、斜めに引き抜いた。床面がえぐれて鋭い音を立てた。
 武器を手にしたダイは鬼眼王とすれ違い、背後へ駆け抜けて間合いを大きく取った。
 あとはトドメを刺すだけと思っていたバーンは、激しく振り向いた。鬼眼が見開かれ、三本爪の腕にチカラがこもった。
 ダイが飛んだ。鬼眼王も飛び出した。静寂の宇宙に風が巻き起こった。激しい風鳴りを伴って両者は激突した。
――勝利のふた文字のために……!!
――この一撃にすべてを込めて……!!
 無音の咆哮が重なった。鬼眼王の手刀と真魔剛竜剣の刃が真っ向からぶつかった。砕け散ったのは、鬼眼王の腕のほうだった。
 一瞬、鬼眼王がひるんだ。ダイは腕を粉砕した勢いで腹部の鬼眼へ迫った。
 その体は千年の英知を蓄えた老魔王のそれではなく、すでに一個の魔獣だった。攻撃された獣は本能的に反撃した。
 鬼眼は突然、激しく発光した。熱線がダイを襲った。ダイは歯を食いしばった。刀身の柄に近いところに亀裂が走った。暴炎と激痛に耐えてダイはさらに刃を振り上げた。狙うは、間近にある鬼眼。
 バコンと音を立てて鬼眼の上にシャッターが下りた。鬼眼王のコアを厳重に守る堅い殻だった。
 ダイは減速できなかった。真魔剛竜剣は突進の勢いもそのままに、外殻にたたきつけられた。
 竜魔人ダイの力は、すべてを貫く矛。
 鬼眼王のコアシャッターは、すべてを防ぐ盾。
 その二つに挟まれた瞬間、真魔剛竜剣はすでに入っていた亀裂の部分から、音を立てて砕け散った。

 その夜の星の巡りを見て、ヒュンケルはアイテム「王女の愛」を起動した。今夜は直接ロン・ベルクと話したいと申し入れておいたので、アイテムからの声は地上にいる魔族の名工が聞いているはずだった。
「……というわけで、真魔剛竜剣、折れちゃいました」
 ダイが話し終えても、「王女の愛」は沈黙していた。
「その、おれ、反省してます。それで、ゲートキーパーの要求を満たすには、新しい真魔剛竜剣が必要なんだけど……」
 アイテムの向こう側からは、荒い息遣いが伝わってくるだけだった。
「真魔剛竜剣を造れる刀工なんてロン・ベルクさんくらいだろうと思います。それで……」
 ロン・ベルクの人となりを知っているヒュンケルとポップは、ダイの背後で息を殺していた。
「あの、こっちの声は、聞こえますか?」
 低いうなり声がしたかと思うと、何か重いものが転がるような音がした。
「ロン・ベルクさんっ!?」
 今度は、答えが返ってきた。
「ダイか?先生、気絶してるよ。ちょっと待ってて」
 ロン・ベルクを先生と呼ぶのは、そのおしかけ弟子、ノヴァだった。
「その声、ノヴァ?ロン・ベルクさん、大丈夫?」
「ノヴァだ。先生、だいぶショックだったみたい」
 やべぇ、とポップがつぶやいた。
「ずっと目標で、先生の憧れの剣だったみたいだよ、真魔剛竜剣は。すごく詳しくて、いつもボクに熱く語ってくれたから。それが……ほんとに折れたのか?」
 ダイが青くなった。
「ごめん、ほんっとにごめん!」
「先生が言ってたんだけど、真魔剛竜剣は少し折れたぐらいなら復活できるはずだよ。鎧の魔剣、魔槍みたいに持ち主の所へもどってくるはず」
 そういえば、ダイとバランが戦った時、真魔剛竜剣は一度折れたとヒュンケルは思い出した。
「少なくともおれの手元には戻ってきてないんだ。粉々になっちゃったし、大魔王といっしょに宇宙を漂ってるのかもしれない」
「あ、先生、大丈夫ですか、え、はい……」
 声は聞こえないが、ロン・ベルクは何かノヴァに指示を出しているようだった。
 なあなあ、とポップが言った。
「ゲートキーパーに見せるために、似たような剣を造ればいいんじゃねえの?」
「さすがにばれるだろう」
とヒュンケルは言った。
「けどよぉ、ロン・ベルクは、腕のケガが治ってないんじゃないか?だとしたら、こう言っちゃなんだけど、ノヴァに造れるのか、真魔剛竜剣?」
 うう、とダイがうなった。
 突然「王女の愛」からノヴァの声が聞こえてきた。
「造る!」
 ポップがびくっとして後ずさったほどの大声だった。
「鍛冶の修行はまだまだだけど、わざと偽物を造るなんて嫌だ。時間はかかると思うけど、ボクは本当の真魔剛竜剣を造りたいんだ」
 ロン・ベルクが何かつぶやいた。
「ボクにとっても真魔剛竜剣は憧れです。あれが造れないようなら、星皇剣なんて夢のまた夢だ!ご指導ください、先生。きっとボクが造ります」
 男らしい低い声が、やや皮肉めいた笑いを帯びるのが聞こえた。
「聞いての通りだ、お前ら」
「ロン・ベルクさん!」
 ダイは嬉しそうだった。
「ダイ、お前のために造ったダイの剣、その材料になった覇者の冠を覚えているか?」
「おぼえてます」
「あれの倍くらいの量のオリハルコンを手に入れてこい。話はそこからだ。おい、ジャンクの息子!」
 ポップが飛び上がった。
「お、おれですか?」
「おまえ、魔界の岩堀の里へ行ったそうだな?」
「え、まあ」
「里の長老に聞いてみろ。魔界でオリハルコンの原石を隠し持ってる一族があるとしたら、奴らだ」
「はいーっ、行ってきます!」
 ポップはそのまま飛んでいきそうな勢いだった。
「他に必要なものはありますか」
と、ダイが尋ねた。
「真魔剛竜剣には、古の、それこそ神々の全盛期のころの魔法技術が使われていた。剣の柄頭にあった竜の頭部、ひとかけらでもいい、そいつが欲しい。真魔剛竜剣の魂がそこにこめられているのだ」
「かけらくらいなら、大魔王戦の直後に地上に落ちたかもしれない」
とダイがつぶやいた。
「それなら、カール王国にあるだろう」
とヒュンケルは言った。
「ダイが行方不明だった五年間、落下地点と思しき場所で見つかったものはすべてカールへ集めたはずだから」
「カールのアバンさまのところか。ありがとう、聞いてみるよ」
とノヴァが答えた。
「幸い、あの剣のことなら細部まできっちり把握している。よし、やるぞ」
 その夜最後に聞いたのは、武者震いのようなロン・ベルクの宣言だった。

 会話を終えたダイは、小さくため息をついた。
「やっぱりあの剣は折っちゃダメだったみたいだ」
「あまり落ち込むな」
とヒュンケルは言った。
「おまえは最後におまえの剣で鬼眼を切り裂いたのだろう。真魔剛竜剣の一撃はその助けになったはず」
「おれも、そう思う……けど」
「気にしてるのか?」
とポップが尋ねた。
「親父っさん、たぶん怒ってないと思うぜ」
「そうかな」
 ダイは肩を落としてうつむき、へこみきっていた。
 ポップ、とヒュンケルが言った。
「話してやれ」
「ああ、そうすっか。ダイ、あのな、おまえの体をヴェルザーが乗っ取ろうとしてたとき、あの人は五年の間、おまえの魂を守ってたんだぞ」
 竜の谷でダイを発見した日の夜のできごとを、ポップは語って聞かせた。
「そっか。おれ、ずっと守られてたんだな」
 ダイは片手のひらを胸に当ててうつむいた。
「ありがとう、父さん」
 そして、顔を上げた。
「それと、ポップにもヒュンケルにも、あらためてお礼を言うよ」
 ポップは照れた顔になり、鼻の下を指でこすった。
「よせよ、水くせぇな。あ、でも、マァムにも一言、ありがとうって言っとけよ」
 うん、とダイは言った。
「そう言えば、マァムは一緒に来なかったね」
「すぐにも魔界入りかなと思ってたんだが、何やってんだ、あいつ?」
 隣の部屋からマトリフが出てきた。
「マァムか?オレがこっちへ来る直前に、パプニカの姫さんがマァムを連れてったぞ」
 ダイはきょとんとした。
「レオナが?なんだろ、用があったのかな」
 大魔王戦のあいだに、マァムとレオナは他のメンバーも交えて女子だけのパーティを結成したほどの仲だった。が、地上でよく見かける女の子どうしの仲良し、という印象はなかった。
「用があった、っていうよりは、捕まえたって言ってたぜ?」
とマトリフが言った。